行基と狭山池 特別講演会 狭山池博物館

チラシのデータ(PDF)はこちら

2018年12月15日(土)午後2時~4時

『行基と河内・和泉の池溝開発』
講 師       尾田栄章氏(元建設省河川局長・古代開発研究家)
対 談  尾田栄章氏・工楽善通(当館館長)

大阪府立狭山池博物館 2階ホール 定員126名 無料

往復はがきによる事前申込みが必要です。(応募多数の場合は抽選)
お申込 みは    2018年11月15日(木)到着分まで

往復はがきに①人数、②参加者全員の氏名、③代表者の住所・氏名・電話番号を明記のうえお申し込みください。返信はがきの宛名面にも代表者の住所・氏名を必ずお書きください。厳正な抽選の上、当落をおしらせします。
1通で1グループ3人まで申込み可能(1グループにつき応募は1口)

申込み先
〒589-0007 大阪狭山市池尻中二丁目
大阪府立狭山池博物館  狭山池と行基の活動 講演会担当  宛て

主 催    大阪府立狭山池博物館・大阪狭山市立郷土資料館
共 催    一般社団法人近畿建設協会・行基に学ぶ関西再発見の会

行基生誕1350年の今年、ゆかりある場所で様々なイベントが開かれています。
もちろん、ここ狭山池でも行基の功績を語り継ぐべく「特別講演会」を開催いたします!

 

往復はがき

もろこ

 

ポスター展始まる 狭山池博物館

あいにくの雨模様です。気温が下がりましたね。。。秋らしく。

 

始まりました!
『国際平和ポスター展』大阪狭山ライオンズクラブ
10月11日~10月20日(最終日は午前のみ)
狭山池博物館2階

作品のカラフルで楽しい絵柄が館内を明るくしてくれています。
お孫さんの作品を見ようと早速お客様が来られました。

 

大阪狭山市公民館主催くらまな大学の皆さんが、あまりにも身近な狭山池だけど「もっとよく知ろうよ!」と狭山池博物館に来られています。

吉井副館長が解説 ときおり皆さんの笑い声も

 

開催中! 南河内 大阪産(もん)めぐりスタンプラリー!
博物館2階受付近くに設置しています。12月19日まで。

 

もろこ

 

体育の日の狭山池博物館

だんじりのお囃子の音色が秋の雰囲気をかきたてます。

狭山池博物館近くの池尻地区は昔からこどもだんじりで、たくさんの子どもさん達がだんじりを綱で引き、まちを練り歩きます。お囃子といっしょに子どもたちの元気な掛け声も盛り上げてくれます。

今日はフレッシュコンサートでした。

たくさんの方が観に来てくださっていました。
さわやかなコーラスがこころ和みます。

コンサート終了後、
当館ボランティアさんによる館内展示解説を募り、5名の方がご希望されました。

フレッシュコンサートで初めて狭山池博物館に来館されたお客様も多いようなので、この機会にボランティアさんのわかりやすい解説で展示物をみていただくのもいいですね。

日増しに夕方に差し込む日差しが長~く。

 

つつみ

世界中の人々と出会える博物館!

狭山池博物館には、ほぼ毎日のように海外からの来館者があります。こうして海外から博物館を訪れる方々にも、より狭山池博物館を楽しんでいただきたい、そのための工夫ができないだろうかと、ボランティア有志で来館者サービス向上部会をつくり、動き始めています。

まずは、日々案内をしながら交流をしている様子を、エピソードも交えブログでレポートしていきます。

****************************************************9月18日

18名の団体は、台湾各地からの芸術家の方たちでした。ガイドさんが元気な女性で、ガイド内容を台湾語で紹介してくれました。結構質問も多く賑やかでした。

水庭の滝の流れには皆さん興奮されて居ました。円形コートの音響を紹介したら、女性の書道家の先生が歌ってくれました。男性から「大阪時雨」のアンコールが出て、男性自身が降りて来て、台湾歌詞で歌われました。皆さんご存知の様でした。にぎやかに交流しました。

本日関西空港に到着されて、一番初めに狭山池博物館を訪問されて、その後京都まで行かれるそうです。来館者のノートには「素晴らしかった」と記入して頂けました。J・K

****************************************************9月の一か月間に、部会メンバーが案内・交流させていただいた方々です。

中国
中国
韓国
韓国
イギリス
フィンランド
カナダ
ドイツ
アメリカ
スリランカ
アジア各国(バングラディシュ・インドネシア・韓国・中国・インドなど)

#安藤建築 #安藤忠雄 #SayamaikeMuseum #TadaoAndo #Architecture

僕等の水泳場狭山池にて(昭和29年8月8日晴天)

「昭和29年8月8日 僕等の水泳場狭山池にて」 右列中の写真が立辻さん 当時21歳でした

狭山池の古い写真を見せてもらいました。
うつっているのは、当時西池尻にお住まいだった立辻さん。

写真には
「昭和29年8月8日 僕等の水泳場狭山池にて」
と書き込みがあります。

疎開のため西池尻へ来たという立辻さんは、昭和10年代~20年まで、
狭山で一校しかなかった国民学校(現大阪狭山市立東小学校)に通っていました。

夏は狭山池でよく遊び、取水塔から水が出ていくゴウゴウという音を覚えている、
取水口に吸い込まれた人もいた。
また、釣りもよくしていた。博物館にある石樋・木樋もそこらじゅうにあって、自分たちの遊び場だった。と話されます。

昭和23年ごろから北村地区へ奉公に行き、
戦後の混乱期で大変な思いをされたこと、
戦時中さやま池遊園(現さやか公園)に芋畑をつくった話、
狭山池にはしょっちゅう「どざえもん」があがり、
女はあおむけ、男はうつむけに浮くと言われていた・・など
立辻さんのお話はつきません。

今も近郊にお住まいで、狭山池をよく散歩しておられるとのこと。

この写真に写っている「大正・昭和の取水塔」は、
当時としては珍しい鉄筋コンクリート製で、
狭山池の風景を象徴する取水施設でした。
今は博物館の第五ゾーンで当時の姿のまま展示されています。
ご来館の際はぜひ、御覧ください。